『ユダの裏切り』
ペテロは、イエス様に「兄弟を何度まで赦すか」と言う質問をしてきた。この前の部分で、幼子のようになるように、また兄弟の罪の取り扱いを教えられたペテロにとって、‘兄弟を赦す事’の困難さを痛感していたのではないだろうか?
これに対し、イエス様は、王に巨額の負債を赦された僕が、友人のわずかの負債を赦さなかった事に譬えられた。多くの負債を赦されたのは、王のあわれみであったように、この僕も、その友人を赦すべきであった。
私たちも、時おり人の言動に憤りを感じ、赦せない思いでいっぱいになることがある。しかし主は、イエス様を十字架に架けるほどに、私たちをあわれみ赦して下さった。主の赦して下さった事を思い、聖霊に助けられて、赦し合う者にしていただこう。
マタイ18:21?35