2012年6月10日の礼拝メッセージの要約

『主はいやし主』

出エジプトする民は、紅海を分けるという偉大な業を通して、助けられたにも関わらず、‘メラ’の水が苦くて飲めないと、つぶやく。モーセが、主に祈ると、一本の木が示され入れると水は飲めるようになった。
ここで主は、‘おきてとさだめ’を立てて民を試みられた。私たちは、「わたしは主であって、あなたをいやすものである」と祈るが、それは、私たちが主の戒めを守り行って、み心にかなうなら…癒される、という神様との契約なのである。

つぶやくことが多く、主の戒めを守る事のできない私たちを主は憐れんで、イエス様を送って下さった。十字架の上でイエス様が流して下さった血によって、私たちは癒される。主は癒し主である。主の十字架を感謝し、癒しを受けられるよう祈りましょう。     

出エジプト15:22?27