『何のために』
イエス様の十字架、復活、昇天、そしてペンテコステの出来事から教会が誕生して、現在の私たちに続く。そしてこの先、イエスキリストが、「昇天された時と同じ有様で再臨される」と聖書は語っている。
再臨された時、‘キリストのさばきの座’がクリスチャンを待っていて、イエス様の前に出る時がやってくる。私たちの罪は、すでにイエス様が十字架の上で、背負って下さり、赦されているので恐れる必要はない。ここでは、クリスチャンの地上での歩みがどうであったか?が問われ、火でテストされるのである。誰かにほめられるために、また地上での見返りを求めての働きは、わらが燃え尽きるように簡単に消え去ってしまう。
私たちの地上の歩み、教会での奉仕など、人に評価される事を求めるのでなく、主に対して捧げていきたい。そして主に‘忠実な僕よ良くやった’と言われる者でありたい。
第1コリント3:10?15