『とりなして祈る』
百卒長(百人隊長)のしもべが重病のため、死にそうだ、とイエス様の元にユダヤ人の長老を通して助けを求めてきた。百卒長と言えども、ユダヤ人にとっては‘異邦人’である彼は、「屋根の下にあなたをお入れする資格もない」とへり下って、ただお言葉だけを求める。
彼は、イエス様を病にも死に対してもメシヤとしての力を持った方と認めて、またみ言葉だけで、み業を成し遂げる権威を持った方と信じる信仰があった。イエス様は彼の信仰を称賛された。
この僕は、癒されたわけであるが、当の本人は登場していない。僕の事を思い、イエス様に礼を尽くしてとりなし、癒しを求めた百卒長の祈りがあった。私たちにも、家族や友人など、とりなして祈るべき人がいるのではないだろうか?イエス様は、十字架の上で私たちのために、とりなして祈って下さった事を忘れないでいたい。
ルカ7:1?10