2015年2月15日礼拝メッセージの要約

『十字架の赦し』
“神は愛なり”と私たちは知っているが、これは単に、主は優しい方、必要を満たして下さる方…と言う簡単なことではない。罪ゆえに裁きを受け中ればならない私たちの身代わりとなって、十字架にかかるという愛である。

ステパノは、「私の霊をお受けください」等、まるでイエス様のような祈りをした。それは、彼が自分の罪がすでに赦されている、と確信していたからこそ、祈れたのではないだろうか?私たちは、イエス様の十字架により、罪赦された者である、としっかり知り、信じなければならない。

  『父よ、彼らをお赦し下さい』と祈られた主は、あなたのために、そしてあなたの身近な人のためにも祈られ、愛しておられる。主が赦し、愛しておられる私たちの周りの人を、私たちも愛し、赦しあっていきましょう 
 ルカ23:32?34