「この時のために」エステル記4章13?14節
ハマンは王に次ぐ権勢をふるっていましたが、モルデカイは頭を下げることも拒み、「私は神に従う」という姿勢を貫きました。周りの人々の反応や時代の流れに迎合することなく唯神につく、と妥協しないのは「神の人」の特色です。この書では直接神が語られたりする箇所はありませんが、神は定められた時に介入されその御手の業を現されます。王が眠れずに年代記を持ってこさせたのも、ハマンがユダヤ民族殺害を画策しているタイミングでモルデカイに褒賞を与えられたのも、『神のなさることは全て時にかなって美しい』(伝道者3:11)からです。『あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい、神があなたがたのことを心配して下さる』(?ペテロ5:7)(エレミヤ17:5?8) エステルの決死の覚悟による告発で、ハマンは絞首刑になりますが、ペルシャの法律は一度定めたら撤回できないので、ユダヤ人絶滅の危機はなお残っていました。その災いを回避するためモルデカイは王から委任され、新たにユダヤ人の自衛権と抵抗権を保証する命令を発布しました。ユダヤ人を滅ぼせという命令と、ユダヤ人が生き延びる権利を与える命令と、どちらも王の絶対の命令ですが、どちらに従うかは自由でした。結果、民衆はユダヤ人を恐れ、このユダヤ人にとっての良き知らせ(福音)は、怯え隠れていたユダヤ人達を歓喜させました。変えられない王の命令は真理に似ています。罪の報酬は永遠の死である、しかし福音を信じる者は生きる。死の災いに恐れるか、救いを得るか、どちらを選ぶかは自由です。十字架の贖いを信じてキリストの赦しを受け取り、万事を益となす神のご計画の中で生きることができますように。
11月26日 メッセージ要約
- 2017-11-26
- メッセージ2017