8月18日 メッセージ要約

 「サウル王の失敗」 サムエル上15章
指導者の働きは「決断する」ことですが、恐れと不安は判断を鈍らせます。聖書はその判断の失敗に多くの項を割きます。神に選ばれ油注がれた人物であっても、「神を恐れ、神に信頼し従う」という原則を誤ると、神の御心から離れたことを行ってしまうのです。サウルは神に選ばれ、油注がれた人物です。知性と霊性、信仰の勇気に富む人物でした。その彼も判断を間違えることがありました。一つはペリシテの大軍に圧迫されて勝利を祈願するいけにえを捧げる時、サムエルに7日待てと言われたのに約束の期日までに脱走が相次ぎ残った兵は600名、これ以上待てないとサウル自身が燔祭をささげたことです。神聖同盟から王政へ移行する過渡期であり、サウル王に反対する人々もいました。民衆の心が離れてしまう、王の立場が危うくなる不安とあせりが、祭司の働きを勝手に行い「主の命じられた事を守らなかった」のですが、自分では不従順の罪を犯したと気づきません。やがてサウル王は勝利を積み重ね勢力を拡大し、イスラエルの信頼を勝ち得、20万もの兵が集まるほどになった時、神は「アマレクを聖絶せよ」と命令されます。しかし命がけで戦うイスラエルにとって恩賞や戦利品の望めない戦いは「益」がないようです。犠牲に対する報いを欲したサウル王と民たちは、アマレクの持ち物を滅ぼし尽くせという命に背いて家畜の良いものを残し、アガク王を生け捕りにします。サムエルに「主の声に聞き従わなかった」と指摘されると、サウルは「兵たちが主にささげるため、良いものを取り分けた」と責任転嫁し、言い逃れます。そのサウル王の振る舞いを悲しまれ、神は「あなたが主の言葉を捨てたので、王位から退ける」と言われます。神を信じる私たちもサウルと同じです。私たちが立つ原則は何でしょうか。「主の御言葉に聞き従うことを喜ぶ」のはイエス・キリストの十字架による神の愛に拠るところです。私たちを突き動かす動力は恐れに対する服従ではなく、神の愛に対する応答なのです。 

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