2月27日 メッセージ要約

「苦しむことがある」ペテロ?手紙3章:13?22節
戦争では多くの痛み、悲しみ、怒りや憎しみがあります。自身が、そして家族や友人が戦禍のただ中にいる状況で「戦争は愚かなことだ。武器を置きなさい」と言えるでしょうか。侵攻する側でも、いくつもの銃口が向けられている立場ではどうでしょうか。構えていた武器を下ろすのに必要なのはあきらめでしょうか、それとも勇気でしょうか。いずれもその後に起こるだろう痛みを引き受けなければなりません。自分に非があるなら改めることにも勇気が必要ですし、苦しみを耐えることにも勇気が必要です。私たちはそれを信仰による勇気と考えます。第一ペテロの手紙を貫いているテーマは「キリスト者の苦しみ」です。ペテロは迫害されている信仰者たちに苦難を耐えるよう励まし続けました。「神様が守ってくださるから苦しい目にはあわない」と安易な楽観をしているわけではありません。聖書では「義のため苦しむことがある」「敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます」と予告されています。これがご利益信仰なら、こんな損な宗教は信じられないでしょう。キリスト者は不幸のたびに「先祖(の神)を大事にせんから罰が当たったんじゃ」と悪意ある人に陰口を言われますが、【苦しみ】についての理解が違うのです。聖書は【義(信仰)のための苦しみ】、【悪を行ったための苦しみ】があるといいます。そして苦しみの中で3つの取るべき態度?恐れてはいけない=本当に恐れなければならない方は誰か。真に信頼でき、頼れるお方は天の父のみ。人の心は変わり、富は役に立たないから、それらで心を乱してはならない。?心の中でキリストを主とあがめ(て生活し)なさい。?弁明の用意をしなさい:何故いつもそんなに穏やかでいられるのか、困難な状況の中でも良い行いができるのか…など人にたずねられた時に、あなたの抱く希望について「やさしく慎み深く、正しい良心で」語りなさい、と勧めています。同じ信仰を持つようにと、ごう慢な態度で押しつけたり、こうしろああしろと命令するのではない、神様でさえ私たちに自由を与えて下さったのだから、キリストを模範としたふるまいをしなさいと言っています。「善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよいのです」この神の御心にかなうよう、信仰による勇気をいただきましょう。