「残るものは何か」列王記下4章1?7節
エリシャの預言者仲間の家族が生活に困窮し、借金のかたに息子を奴隷にしなければならない状況でした。夫人はエリシャに助けを求めます。これと似たような場面が列王記上17章にあります。干ばつが3年続いていた時、心中しようとしている母親にエリヤが会って、最後のパンをもらってから瓶の油と壺の小麦が増えていった話です。神が遣わした預言者を敬う人を、主は見捨てられません。また律法には「夫を失った女性と、父を失った子どもを大切にしなさい」という教えがあります。相談にのったエリシャは「あなたの家に残っているものは何ですか」とたずねます。家財道具などはほとんどなく、油を入れる瓶しか残っていないというと、エリシャは近所からできる限り多くの器を借りて来るよう命じます。すると瓶から注がれた油はどんどん増えて、ついには借りて来た全ての器が油で満ちあふれる奇蹟が行われました。イエスさまも婚礼の宴で6つのかめの水が葡萄酒に変わる奇蹟を行いました。また5つのパンと2匹の魚から5000人に行き渡る食事を用意されました。困窮している人たち、人生の危機的状況に、主が関わることで祝福に変えられるという奇蹟なのです。油を売って借金を支払い、残りのお金で暮らして行きなさいと言いました。少し先の未来を考えると、残った油もやがてなくなることでしょう。イエス様の奇蹟でも、葡萄酒は飲み干して終わりました。目に見えるものはやがてなくなります。物質的なものは消えて行きますが、残るものがあります。なんでしょうか?信仰・希望・愛です。その中で最も偉大なものは愛です。信仰は残るものでしょうか?自然災害や家族の危機があるごとに心は揺り動かされます。目の前の困難と向き合い、神は状況を作り変えてくださる、いつかそれを用いられて祝福へと変えて下さると思うのが、信仰を働かせることです。主がして下さったことを思い出し感謝の心で、主に期待しましょう。