1月22 メッセージ要約

 「主のしもべ」イザヤ42:1~9

聖書でたびたび言われる「主のしもべ」は?預言者、?イスラエル(の民)、?キリストを指しています。このイザヤの箇所で神様が言われる主のしもべは「父なる神が支持し、選び、主ご自身の喜びであり、神の霊を与えた」とされます。その彼は【傷ついた葦を折ることなく】【ほのぐらい灯心を消すことなく】細心の注意をはらって折れ曲がった真理の道を真っすぐに立たせ、御心から離れてしまったイスラエルの信仰を回復させる働きをし、混迷し暗闇にある人々の足のともしび、道の光となると預言しているのです。ここで思い出されるのがマタイの福音書1210?21節、パリサイ人との安息日論争の最中でのいやしの奇蹟です。安息日には労働をしてはならない、という律法を本来の神の御心とは違った形で厳守するパリサイ人たちに対し「安息日に良いことをするのは、正しいことである」と宣言し片手のなえた人をいやされました。キリスト教を知らない人からは、イエスは旧約(律法)を否定して新しい宗教を打ち立てたように思われがちですが、イエスは「わたしは(律法や預言者を)廃するためではなく、成就するために来たのである」(マタイ517)と明言しています。イザヤ書で預言されている「主のしもべ」の使命である【真実をもって道を示す】はイエス自身が「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」(ヨハネ1334)と言われ、寛容と勇気をもって【衰えず