- 2010-09-05
- 2023-11-10
2010年9月5日の礼拝メッセージ要約
私たちの人生で、様々な岐路に立たされる。時には、信仰を抜きに考えた方が楽だ、と思わされることもある。 このモーセは、パロ王の娘に拾われた結果、その息子として何不自由ない将来がまっていたが、神の道を選んだ。ほかダニエルやエレミヤなど、主に従 […]
私たちの人生で、様々な岐路に立たされる。時には、信仰を抜きに考えた方が楽だ、と思わされることもある。 このモーセは、パロ王の娘に拾われた結果、その息子として何不自由ない将来がまっていたが、神の道を選んだ。ほかダニエルやエレミヤなど、主に従 […]
‘ニコデモ’は、ユダヤ最高議会の議員であり、律法の教師でもある。しかし、本当の意味での救いの確信に至っていなかったと言える。夜にイエス様のもとに質問にやってきた。 「人は新しく生まれなければ神の国に入ることはできない」とイエス […]
主に大いに用いられたダビデであったが、神殿建設を前に、できる限りのものをささげた。そのことによって、民たちもささげ、たくさんのものが備えられた。しかし、ダビデが祈った祈りは、たいへん謙遜な祈りであった。 ダビデは言っている。喜んでささげたと言えども、 […]
今は、たいへん平和になり、信教の自由が守られている。戦時中は、仏教界でさえ戦争賛美と思える法話が語られたそうで、パレスチナや世界のいろいろな地域で今も戦争が行われている。また、私たちの周りにも、心に平和を失っている人がたくさんいる。 私たちは、イエス […]
教会に迫害が起り、弟子たちが各地に散らされ、み言葉を伝えていった。始めは、ユダヤ人だけに語っていたが、アンテオケでは、ギリシャ人にも語り、信じる者がふやされていった。彼らの信仰の成長のために、バルナバたちが遣わされ、教えや励ましがなされた。この時から […]
ヘブル書は、ユダヤ教から改宗したクリスチャンに書かれているため、迫害に苦しまなければならなかった彼らが、イエス様のあがないにより、さらに勝った恵みの中に入れられていることが何度も強調されている。 ‘平和の神’と他の手紙にも祈ら […]
パウロは9章に続き、イスラエル人の問題にふれ、彼らの熱心さは認めているが、深い知識によるのでなく、自己中心的で神の義に従わないものであることを、指摘している。 パウロは、旧約聖書を引用し、信仰による義は、旧約時代から約束されたことであって、イエス様が […]
ダマスコ途中でイエス様に声をかけられ、変えられて改心したサウロのために、祈るように命じられたのは、敬けんなアナニヤであった。サウロがクリスチャンに大変な迫害をしてきた事を知っている彼の戸惑いは想像できる。 私たちは、時折りなぜこんな大変なことが起るの […]
9?11章は、イスラエルの問題が取り上げられている。パウロは、その働きの中で、度々、選民意識の強いユダヤ人と対立しなければならず、それは、同胞を思う彼にとっての悲しみであった。 神様の選びは、一方的なもので、特別な血筋や能力によらず、超自然的にサラに […]
ソロモン王は、隣国の王も目をみはるような財産を持っていたが、決して正しい歩みをしたとは言えなかった。イエス様は、金持ちのたとえで、真の命の大切さを教えられた。 私たちは、イエス様の十字架によりあがなわれ、朽ちない命が与えられているのだから、朽ちるもの […]