- 2014-09-14
- 2023-11-10
2014年9月14日礼拝メッセージの要約
『主の晩餐』 私たちの教会が属するプロテスタント教会は、儀式をあまり持たないが、‘聖礼典’として行っているものが2つある。イエスキリストを救い主と信じて従う決心を表す『洗礼式』とイエスキリストの十字架の死を覚えて行う『聖餐式』である。初代教会では、 […]
『主の晩餐』 私たちの教会が属するプロテスタント教会は、儀式をあまり持たないが、‘聖礼典’として行っているものが2つある。イエスキリストを救い主と信じて従う決心を表す『洗礼式』とイエスキリストの十字架の死を覚えて行う『聖餐式』である。初代教会では、 […]
『礼拝の原点』 重い皮膚病を患った10人が受けていた苦しみは、私たちの想像を超える。イエス様は、そのような苦しみの中にある彼らを知っておられ“出会われ”、癒された。癒された10人のうち、一人だけがイエス様のもとに戻り、ひれ伏して感謝をささげた。 […]
『主が報いられる』 エレミヤは、主に背き偶像礼拝に走ったイスラエルに、再三にわたって、主からの厳しい言葉を伝え続けたが、彼らは主に帰らなかった。その為彼らは、主からの懲らしめを受けねばならなかった。私たちも過去に、主から離れ自分勝手な道へ行ったが、悔 […]
『主に喜ばれる歩み』 イエス様を信じて‘救われたクリスチャン’と言えどもこの日本で生きていく以上、様々な仏教また他の宗教的な集いや風習に付き合う事を避けて通れない。また、飲酒などについても同じことが言える。 パウロは、偶像にささげた物を食べることや、 […]
『キリストの土台の上に』 昨年の教会の標語は、『完成を目指して進もう』で、乳を必要とする信仰の初歩から、前進することを目標とした。コリントの教会では、霊的に成長しきれていないために、争う者があったようである。 コリントの教会の人たちにみ言葉を語り、 […]
『聖徒の祈り』 旧約時代には、様々な礼拝の規定があったが、香をたいて、神様にささげる奉仕は、祭司にしか許されていなかった。それも(クリスマスのメッセージによく出てくるザカリヤは香を炊くクジに当たった)一生当たらない人もある。 捧げられる香は、高価な […]
『十字架の力』 政治の世界でいつまでも派閥争いが無くならないが、当時の教会の中にも、多少なりとも見うけられた。「私はパウロにつく」「私はぺテロに」と互いに争いがあった。私たちの間でも、「私はこの先生にお世話になったから‥」など、思ってしまう。 パウ […]
『主と共に生きるため』 記念会などでよく語られる所であるが、人々が平和だ、無事だと言っている間に、世の終わりの時が突然やってくると警告が語られている。 私たちクリスチャンは、‘光の子’であり‘昼の子’として、イエス様の救いの中に入れられ、守られて […]
『すべての事を感謝する』 私たちは日々、いろいろな事があり、喜び感謝することは難しくなってしまうが、神様は『感謝しなさい』と何回も命じられている。私たちは、まず神様が何にも頼らず、天地を造り、偉大な神様であるゆえに感謝すべきである。その方が、私たちの […]
『信頼する者を守られる』 ユダの地で、背信を繰り返す王や民たちに、エレミヤは、耳触りの良い事でなく、主からの厳しい警告の言葉を伝え続けた。それは、バビロンに降伏して、命だけは守られる、というものであった。 ゼデキヤ王は、主からの言葉を求めたり、「祈っ […]