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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-01-16 19:39:33 (9 ヒット)
メッセージ

「救いは主にある」(ヨナ書2章9節)
2021年の標語は「救いは主にある」です。コロナ禍の中スタートを切った、この一年もどうなるのだろうか、先行きが見えず混迷が増すばかりです。一寸先は闇。その闇の中にあっても希望の光をともし続けてくださるのが我らの主イエス・キリストです。聖書は罪と死を「闇」と表現しています。キリストによる「救い」または「光」について記されている聖書箇所は多くあります。この箇所では預言者ヨナが暗闇の腹の底から悔い改めて叫び祈り、神様の取り扱いを受ける中で感謝と真理の言葉を口にするのです。ヨナは旧約の預言者として珍しく世界宣教に用いられた人物で、名前の意味は「鳩」です。聖書に最初に登場する鳩は創世記のノアの箱舟のところです。そこから鳩は神との平和の象徴としても用いられることがあります。ヨナは最初、神様からニネベで裁きの宣告をせよと命令がくだりますが、主の前を離れようと船でタルシシュ(現在のスペイン)へと逃亡を図ります。しかし神の御手によりさえぎられ嵐にあい難船し、同乗の皆が死にそうになります。自分が原因であると自覚するヨナは海に投げ入れられ船は助かるのですが、ヨナは三日三晩、魚の腹の中にいることになります。光の届かない暗闇の中、悔い改め変えられたヨナは神のご計画には抗えないと悟りニネベへ赴くのです。新約聖書でこの出来事を言及されたのはイエス様です(マタイ12:38〜)。律法学者やパリサイ人らがイエスに対し何の権威によって教えるのか、神に遣わされた者として証拠を見せろと言われ「預言者ヨナのしるし」以外与えられない、と答えられます。復活の予告です。神の赦しと救いは主イエス・キリストにあるのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-01-08 16:31:43 (17 ヒット)
メッセージ

「闇を照らす希望の光」 ヨハネ福音書12:46
コロナ禍のため例年通りに出来ないクリスマスです。しかし私たちを取り巻く状況がどのように変化したとしても、クリスマスの意味が変わるわけではありません。主イエスは不幸な人、困っている人、病気で苦しんでいる人、罪深いと嫌われている人を訪問されました。一般に立派と思われるような人や、栄光にあずかるにふさわしいと思われる人の所ではないのです。聖書は、嘆き悲しみ痛み、苦しみや辛さ、怒りや汚さ弱さ、そして虚しさといった人の心の暗部を描き出しながら、それに悩む人を照らす希望の光として来て下さったお方について書かれているのです。私たちは神から離れ、罪と死が支配する闇の中にいて、その暗さに慣れてしまった生き方をしていました。しかしキリストが来られた目的は「誰も闇の中にとどまることがない為」、と聖書は教えています。イエス・キリストを信じる者は罪と死の支配から自由にされるというのです。今日も、これからも私たちと共にいて下さる約束を信じ、主イエスのご降誕を心からお祝いしましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-12-26 10:09:04 (42 ヒット)
メッセージ

「大きな喜びの出来事」 ルカ2:8〜20
クリスマスは誰にとって喜びの出来事なのでしょうか。御使いはマリヤに対し「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられます。」と告げ、また羊飼いたちに「全ての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える」と言いました。ルカによる福音書、使徒行伝は異邦人たちにも福音が開かれていることを伝えています。クリスマスは私たちにとっても大きな喜びの出来事なのです。当時、何処にいるか住居も定まらず信用ならないという理由で社会的に低く見られていた羊飼いたちに、御使いは真っ先に福音を告げ知らせました。御使いと天の軍勢による大讃美を目の当たりにし、先祖から伝えられた古の物語と同じような素晴らしさを目撃することで、自分たちも歴史の延長線上に立っていること繋がっていることを体験したのです。そして夢物語として終わらせることなく、「主が知らせてくださったその出来事を見てこようではないか」と自分たちの目で確かめるため、すぐ行動に移します。キリストがベツレヘムに生まれたことを聞いても信じず、また知っていたとしてもヘロデ大王が恐ろしくて何一つ動くことが出来なかった祭司や律法学者と違う点です。また羊飼いたちにまず知らされた理由の一つに素直に喜ぶべきことを喜ぶことが出来たところが挙げられるでしょう。彼らはこの出来事を人々に伝えますが驚き怪しまれました。彼らの子や孫たちにこの喜びの知らせは伝えられ、聖書に記録され全ての人々に伝えられるのです。私たちもキリストの誕生を心から喜ぼうではありませんか。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-12-18 10:44:43 (48 ヒット)
メッセージ

「平和をつくられる救い主」 ルカ2:1〜7
ローマの皇帝アウグストによる人口調査の勅令が下り、総督クレニオから住民登録せよと命令が下りました。旧約聖書には3度の人口調査の記録が記されています。出エジプトの際神の命によりモーセが2度、歴代誌上21章によるとサタンにそそのかされたダビデにより1度。為政者らの人口調査の目的には…Ю任虜債雖強制兵役による戦力の目安、があげられます。歴史の支配者なる神は、この人口調査を用いられてナザレに住むヨセフを導かれ、マリヤが120Km離れたベツレヘムで出産するという機会をつくられ、預言者ミカのメシヤ誕生にかかる預言を成就されました。淡路島1周サイクリングコース約120Kmは車でも3時間以上かかります。臨月の女性が徒歩で旅するとなると、現在の医者に相談すれば絶対禁止となるでしょう。しかしダビデの系図であるヨセフは部族の故郷ベツレヘムへ行く必要があったのです。救い主(ソーテール)はローマ皇帝も用いた尊称です。経済と圧倒的な軍事力を背景に秩序を築こうとする皇帝アウグストと、十字架による贖いによって神との平和をもたらそうとする御子イエスという2人の救い主がいたことになります。恐れによる支配を良しとしない神は、罪の前に無力な人間を憐れんで愛と慈しみによる平和を築こうとされ、御子イエスを遣わされました。人から見ると神は不可解で不思議な方法により人々の救いを実現されるのです。キリストがご降誕されました。人々を救う為の苦難と栄光の十字架を負う生涯が始まったのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-12-11 10:21:59 (121 ヒット)
メッセージ

「恵みをいただいているのです」 ルカ1:26〜38
神から遣わされた御使いガブリエルの告知に対し、祭司ザカリヤとマリヤの反応は対照的です。ザカリヤは御使いの言葉を証明するための「しるし」を求めたため、時が至るまで口から言葉が出なくなりました。マリヤは「お言葉どおりにこの身になりますように」と神に委ねたのでした。高齢の祭司ザカリヤ夫婦にとっては願ってもない奇蹟ですが、マリヤにとっては予測できる未来とは全く異なる人生です。ヨセフの愛も、世間の信頼も失ってしまうかもしれません。それでもマリヤは「わたしは主のはしためです」と自分を明け渡したのでした。モーセや士師ギデオンは召命の折、自分は相応しくないとその使命を断ろうとしました。また預言者ヨナに至ってはニネベで預言せよという使命が嫌で、タルシシュへ逃げ出したほどです(結局ニネベで預言しました)。マリヤは「他にもっとふさわしい人がいるだろう」など言い訳しませんでした。彼御使いの挨拶に「これはどういうことだろう」と考え込みました(1:29)。そして御使いの励ましと使命の告知に、信仰を働かせてそれを受け入れました。御子イエスを礼拝しに来た羊飼いたちの話は驚くべきものでしたが、マリヤはこれらのことを「心に納め、思いを巡らせました」(2:19)。イエスが12歳になり神殿で語られていた時、両親ともにイエスの言葉の意味が分からないながらも、母マリヤは「これらのことをみな、心に留めておいた」とあります。神の言葉は自分ではよく分からないと投げ出して諦めてしまわずに、素直に心に刻み、おさめる思慮深さが大切です。


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