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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-12-17 11:02:53 (130 ヒット)
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「インマヌエル」マタイ1章18〜25節
婚約者マリヤが子を宿したことを知り、ヨセフは頭を抱えました。自分の知らない子をみごもった女性に、当時の律法では石打による公開処刑をする権利がヨセフにはありました。律法に従う「正しい人」であったヨセフは、マリヤの妊娠は耐え難いことでしたが、隠し通すことができずいずれ周囲から石打にされるよりも、ひそかに離縁して去らせた方が双方にとって良い、と考えました。そんな時、ヨセフは夢で御使いからマリヤを迎え入れるように命じられます。「彼女は男の子を産む、その名はインマヌエル(神われらと共にいます)」「このことは既に預言されていた事が成就するためである(イザヤ7:14)」という御告げを受け、ヨセフはイスラエルの民を罪から救う神の御業のただ中にいることを知り、自身が納得できる理由をもってマリヤを妻に迎えるという決断と行動に移ります。「その子をイエスと名付けなさい」と御使いは言われましたが、その名は「イエシュア=神が救い」という意味です。キリストの「救い」には助け、支援、問題解決ということも含まれます。人々が期待する救い主の奇蹟には、病気のいやしや悪霊の追い出し、政治的・軍事的イスラエルの独立もあります。しかしイエスは時として人が思う通りには問題を解決されないこともあります。神はその場その場での支援ではなく、その人の魂の救済という視点から変化をうながされることがあるからです。また「インマヌエル」という名の通り、どんな苦難の中に置かれたとしてもそれは神が見放された結果ではなく、信仰の糧となり力となるよう、主はその試練の中でも共にいて下さるのです。コロナ禍にあって孤立はさらに深まりましたが、このような時代であるからこそインマヌエルの預言の成就に感謝し、救い主のご降誕を共に喜びましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-12-17 11:00:43 (106 ヒット)
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誰の声に聞き従う」サムエル記8章
当時のイスラエルは今日でいう国家ではありませんでした。政府もなければ首領もおらず、神ご自身が必要に応じて選んだ人物(モーセやヨシュア、ギデオンのように「士師」と呼ばれる人)が、信仰によって力と知恵と勇気を与えられ民を統率してきました。ギデオンは子孫にその役職を継ぐよう言われた時「主があなたがたを治めます」と世襲制を拒絶しました。賜物を与えることも取り去ることも神の権威であり、神の御心のままにされることです。祭司エリはそのことを堕落した息子達を通して痛いほど思い知らされました。サムエルは軍事や政治や宗教上の優れた指導者としてイスラエルの人々を治めました。しかし最高のリーダーであったサムエルも、父親としてはエリと同じ苦しみを味わうのです。2人の息子は偉大な父と同じ道を歩まず、不正を働き私利私欲に走りました。サムエルは年老いたがその息子たちは信頼できない、彼らとは別の後継者を、他の国々のように王を立ててほしいとイスラエルの長老たちは要求しました。サムエルは、王というのは「徴用し」「搾取し」「没収し」搾取し尽くすものだ、と忠告します。神は与えて下さる方だが、王はあなた方を奴隷とする、と。しかしイスラエルは神の支配・神に仕えることよりも、人である王に権威、権力を求めます。主は「民の声を聞き入れ、王を立てなさい」と言われました。サムエルにとっても理解しがたいことで、主は何ゆえ許されるのか?と思ったことでしょう。神が人の強情さに折れたのでしょうか?主は、人間が好ましくない選択をしたとしても、ご自身の計画の中でそれを許され、人に学ばせる機会を与える方です。イエスはピラトに捕らえられた時「真理から出た者は皆、私の声を聞く」と言われました(ヨハネ18:37)。神の国の王、まことの王であるイエスの声に聞き従う者になれるよう、祈りましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-11-26 11:05:36 (138 ヒット)
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「主は今に至るまで」サムエル記7章
主の箱がペリシテの手から取り返され国境近くに安置されてから、20年が経ちました。サムエルはイスラエルの民に呼びかけ、ミヅパに集め「主に立ち返れ、主にのみ仕えよ」と説教し、人々は断食して悔い改めました。大勢の群衆がひとつ所に集まるのはペリシテ人の目には脅威に映り、先制のため攻め上って来ました。それを聞いたイスラエルの人々は恐れ、サムエルに「敵の手から救って下さるよう、主に叫んで下さい」と訴えました。サムエルは全焼のいけにえをささげて主に助けを求めると、激しい雷鳴がとどろいたのでペリシテは混乱し、敗れて逃げました。契約の箱が奪われた時と違って「神の助け」があったのは何故でしょうか?冒頭でイスラエルの人々はサムエルの言葉に従って偶像を取り除き、「私は主に対して罪を犯しました」と悔い改め、一心に祈りました。そして民衆の総意として罪があがなわれるために小羊のいけにえがささげられました。そのためサムエルとイスラエルの祈りは神に受け入れられ、奪われた土地もおおかた取り戻し、二度とペリシテ人が国境を侵すことがないようにされました。サムエルは戦いの勝利の記念にミヅパとエシャナの間に石を置き「主は今に至るまで我々を助けてくださった」とそれを「エベネゼル(エベン・エゼル:助けの石)」と名付けました。契約の箱を奪われた時、イスラエル軍が陣をしいた場所もエベネゼルです。主はかつて困難だった時も、現在も、そしてこれからも助けて下さる方です。昔いまし、常にいまし、やがて来られる方、イエス・キリストへの信仰は古びることはなく、日々新たにされていくのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-11-26 11:03:47 (121 ヒット)
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「神の威光、偶像の無力」サムエル記5、6章
イスラエルに勝利したペリシテ軍は、契約の箱を最高の戦利品として自国へ持ち帰り、アシュドドの神殿のダゴンの像のかたわらに安置しました。彼らがあがめるご利益神ダゴンの勝利を祝った翌朝、ダゴンの像は主の箱の前でうつ伏せに倒れていました。人々が元の場所に据えたのに、翌日再びダゴン像はうつ伏せに倒れ、しかも頭と両手が切り離されていました。また主の箱を分捕った日からアシュドドの町の住民は腫れ物ができる病気に悩まされました。彼らは「イスラエルの神の箱が我々に災いをもたらす」と恐れるようになり、この得体の知れない代物をどこかへ運んでくれ、とペリシテの指導者たちに要求します。主の箱がアシュドドからガドへ移されると、ガドの町も主に打たれ、腫れ物がまん延したので彼らは主の箱をエクロンに送ります。するとその町の住民が大反対したので、指導者たちは祭司と占い師たちに相談します。占い師たちは「つぐないのいけにえと共に二頭の雌牛に運ばせ、人に引かせず牛が思うままに行かせ、まっすぐイスラエルの国境へ向かえばこの災いは主から出たものである、その方向へ上って行かなければ災いは偶然の出来事とする」という案を出しました。ペリシテの人々は気味悪がってたらい回しにしますが、指導者たちとしてはあたら戦利品を返すには見栄もあるし、乳離れしていない子牛と引き離して初めてくびきを負わせる雌牛なんて嫌がってすぐにペリシテに帰ってくるだろう、この災難はイスラエルの神のせいなんかじゃなかったという民衆への演出にも打ってつけだと考えました。ところが雌牛は真っすぐに国境まで行き、ベト・シェメシュの人々によって神の箱は迎え入れられ、その後キルヤト・エアリムに安置されました。ペリシテの思惑、計画は見事に失敗し、神は不思議なわざによって契約の箱をイスラエルへ運ばせたのです。物言わぬ偶像は倒されますが、主は人の手によらずご自身で立ち上がり、人を守り導き、栄光を現されるお方です。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2021-11-11 13:40:25 (142 ヒット)
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「神はおられ、偶像は壊される」サムエル記4章
ペリシテとの戦いでイスラエルは4千人殺され、指導者たちはどうすれば次の戦いに勝てるか考え「主の契約の箱」を戦場へ持ち込むことにしました。先祖たちの.茱襯瀬鸚遒凌紊二つに分かれ道が出来る▲┘螢海両觝匹諒匹崩れ落ちる、といった栄光の出来事は契約の箱がイスラエルを先導していた時だったと思い出し、「勝利の法則」にのっとるかのように「契約の箱」を聖所からかつぎ出したのです。大切な箱をあたかも強力な兵器の如く利用する作戦を、神殿の祭司エリの息子たちは阻止するどころかむしろ共に戦地へ赴いたのです。契約の箱がイスラエル陣営に到着すると、兵士たちの士気は上がり地響きのような大歓声が起こりました。敵のペリシテ陣営は恐れますが、逆にペリシテ側の戦意も高まって死に物狂いで攻撃してきました。結果3万人以上が殺され、契約の箱も奪われてしまいイスラエルは大敗北しました。知らせを聞いてショックのあまり祭司エリは倒れ、亡くなってしまいました。神はイスラエルを見放されたのでしょうか。この章ではサムエルも、神の御言葉も出てきません。契約の箱が自分たちに勝利をもたらすと考えたイスラエルの民たちには、肝心な主への信仰が欠けていました。歴史上の出来事はいずれも神の命令に従い、神から勝利が与えられたのです。利己心からの目的を成就するための手段として神を利用する者に、主は裁きとして敗北をも与えられるのです。またホフニとピネハスの死は予告されていたことです。しかし予告から審判まで10数年ありました。彼らは父エリの諫言を受け入れ心から悔い改めておれば、神は「思いなおされる」お方なので(参考:ヨナ書)少しは事態が変わっていたかもしれません。しかし最後まで彼らは神の憐れみに気づくことがなく、自分たちのせいで契約の箱を奪われるという最悪の結果に進んでしまいました。神は裁かれる方ですが、同時に悔い改めるための機会も与えられるお方です。敗北や失敗を認め、その状況から抜け出すための真の解決法を神にたずね、神に立ち返ることができますように。


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