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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2016-01-03 20:59:16 (918 ヒット)
メッセージ

『主に出会う礼拝』ヨハネによる福音書4章24節
2015年の教会標語は「主に出会う礼拝を目指して」でした。ヨハネ4章の聖書箇所ではイエス様はユダヤを去ってガリラヤへ行くために、サマリヤを通らなければならなかったとあります。ユダヤの人々は通常、サマリヤを通る方がエルサレムへ向かうのに近かったとしても、この地域を避けていました。長い歴史の中でサマリヤ人とユダヤ人の確執は深まり、ユダヤ人に対する恨みとサマリヤ人に対する偏見から、互いに関わり合うことを忌み嫌ったためです。イエス様はそのサマリヤの地で、ひとりの女性に声をかけます。うしろめたい理由があるため人目を避けて水を汲みに来た女性は、自分のようなサマリヤ人に丁寧に話しかけるイエスに驚きます。そして主との会話のやり取りの中で真理へと導かれ、彼女を通してサマリヤにリバイバルが起こりました。イエス様は一人の救い(彼女)のためにサマリヤを通って行かれました。自ら神に会いに行くことができない者のもとへ、キリストはへりくだって私たちに会いに来てくださるのです。このお方に霊とまことをもって礼拝をささげ、神がどのようなお方であるかさらに深く知ってまいりましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2015-12-30 01:07:13 (953 ヒット)
メッセージ

マタイ福音書2:13〜23『預言の成就』
クリスマスはイエス・キリストの誕生をお祝いする時です。キリストはすべての人々の罪の贖いのために、十字架で死なれるためにこの世に誕生されました。本日の聖書交読箇所のイザヤ書53章ではキリストの受難が預言されています。クリスマスは神がひとり子イエスをこの世に送ってくださった愛の現れなのです。ヨセフとマリヤはイエスの誕生後、主の使いに警告を受け、ヘロデの魔の手を逃れるためエジプトへ避難しました。その間、ベツレヘム近辺の幼子がヘロデによって殺されました。それらの出来は旧約聖書の中で御子の誕生にまつわる預言が成就するためでした。ヘロデが死んだ後、ヨセフ一家はヘロデの息子アケラオを警戒しユダヤではなくマリヤの故郷ナザレに帰り落ち着きます。イザヤ11章1節に「エッサイ(ダビデの父祖)の根株から…若枝が出て実を結ぶ」とありますが、ヘブル語で若枝は「ナザレ」と同音になります。マタイの2章23節「彼はナザレ人と呼ばれる」は地名の意味だけではありませんでした。このように救い主の誕生は幾重にも預言されており、神は人々の救いのご計画を着々と進められます。そこには人の罪ゆえに多くの痛みがともなわれました。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2015-12-24 00:17:33 (892 ヒット)
メッセージ

マタイ福音書2:1〜12『良き知らせ』
「救い主が私たちのためにお生まれになりました」これは誰にとっても良き知らせなのです。しかし受け手によりその意味は異なります。当時のユダヤの人々の反応はどうだったでしょうか。東方の博士たちの来訪により、ヘロデ大王だけでなく町の人々も恐れ戸惑います。ヘロデは王位を脅かす存在は、たとえ自分の息子であっても亡き者にするような人物でした。祭司長や律法学者らはヘロデの「ユダヤの王はどこで生まれるのか」という質問に対し、淀みなく「ベツレヘムです」と答えます。答えは知っていてもそれによって彼らが行動を起こすことはなかったようです。「自称イスラエルの解放者」がまたぞろ出現し、危険分子を取り除くためヘロデによって再び血が流されるのではないかと恐れ、関わりを持つまいと距離を置いたのでしょう。結局「新しい王」が生まれたことを知らされて、実際にたずねに行ったのは異国の占星学者だけでした。神は彼らを星によって導きました。私たちも神によって救い主のもとへ導かれました。ユダヤの人々が永年待ち望んだ救い主は、私たち一人ひとりのためにお生まれになったことを真摯に受けとめ、主イエス・キリストに感謝をおささげしましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2015-12-13 15:07:45 (1053 ヒット)
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 『神 我らと共にいます』マタイ1章18〜25節
旧約聖書の創世記では、神の息吹によって人間が誕生しました。イエス・キリストは聖霊によって誕生しました。マタイによる福音書では、イエスの系図の次に地上の母マリヤと父ヨセフのことを記しています。救い主である方の両親となる彼らに共通するのは、御言葉に対する敬虔な態度です。ヨセフは婚約者が結婚前に身ごもったことを知り、婚約解消という法的手続きを考えますが、夢に主の使いが現れマリヤの胎の子は聖霊によるのであると伝えられると、それを信じマリヤを妻として迎えました。筆者マタイはイザヤ書から救い主の誕生の預言が成就したと読み解いています。700年前にイザヤが預言した「おとめが身ごもって男の子を産む、その名はインマヌエル(神 我らと共に の意味)」は、イエス(ヘブル語で主は救い の意味)のことを指していました。人間の力では決して解決できない罪から救うために、神の御業によりこのお方が誕生されたのです。自分自身の内に罪を認め悲しむ人に、「どんなに汚くても哀れな姿であってもあなたを救う、私はあなたと共にいる」と言ってくださるインマヌエルの君は、信じる者の心に誕生して下さったのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2015-12-12 15:55:35 (1057 ヒット)
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『神の計画』マタイ1章1〜17節
ヘブル人信仰者に向けられて著されているというマタイによる福音書は系図から始まっています。当時、聖書には章節は付けられていませんでしたが、区分はありました。創世記でしたら「〜由来」「〜の系図」が見出しです。この見出しが11あり、創世記は12区分に分けられます。創世記の天地創造からアダムの系図より人類の歴史が始まり、新約の『イエス・キリストの系図』より新しい時代が始まります。系図を大切にし、誰の子孫であるかを誇りにしていたヘブル人にとって強烈な印象を与えたことでしょう。アブラハムから始まりイエスの誕生に向かって、神が救いのご計画を成就するために歴史を支配しておられることを知るのです。しかし、ヘブル人にとって神の前に正しくないと思われる者も、その系図に名を連ねています。彼らの子孫としてきよいお方がお生まれになり、系図に流れている罪と恥を引き受けられ、十字架で死なれました。不完全な歩みしかできない人の弱さに、神は同情できない方ではありません。罪深い現実の世に生きている人々を憐れまれキリストはその血潮できよめ、死で終わるのではなくよみがえられました。救い主の誕生を心から喜びましょう。


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