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投稿者 : admin_miyakojima 投稿日時: 2012-04-05 19:04:37 (1100 ヒット)
メッセージ

『見よこの人だ』


 


イエス様は、ユダヤ人たちの尋問の後、ピラトの裁判を受ける事になった。彼らには、死刑にする権限がなかったからである。ピラトは、「この人になんの罪も見いだせない」と、退けようとするが、彼らは、納得しない。

イエス様は、ムチ打たれ、侮辱され、‘ユダヤ人の王’と言われるには、あまりにみじめな姿とされた。そんなイエス様をピラトは、「見よ、この人だ」と、単なる一人の人にすぎない事を強調する。

 それでも主は、十字架に架けられた。私たちのあがないのためのご計画だったからである。私たちは、「見よ、この人だ」と指し示されるイエス様を十字架につけられ、私たちの罪のため、‘苦難の僕’となられたイエス様を、「あなたこそ生ける神の子キリストです」と感謝し、告白する者でありましょう。      ヨハネ19:1〜11


投稿者 : admin_miyakojima 投稿日時: 2012-03-27 18:56:00 (1099 ヒット)
メッセージ

『ユダの裏切り』


イエス様は、ご自分の思いではなく、父なる神様のみ心に真っ直ぐに、十字架に向かって進まれた。ユダは、十二弟子の一人として、選ばれたにも関わらず、イエス様を裏切ってしまった。

イエス様は、ユダが裏切ろうとしているのをご存じの上で‘友よ’語りかけられた。主が十字架にかけられる事は、み心であったが、ユダが悔い改め、思い直すチャンスを与えていたのではないか。ペテロも主を裏切った者であったが、深く悔い改めたゆえに、赦された。

 私たちは、罪を犯す事もあるし、主を否定しているような態度をしてしまう事もある。主は私たちの足りなさ、弱さをご存じである。聖霊により罪を示されたなら、かたくなにならず、主に悔い改め、赦されて主に近づけられる者となりましょう。         


マタイ26:4756


投稿者 : admin_miyakojima 投稿日時: 2012-03-26 19:26:23 (1018 ヒット)
メッセージ

 


 


『ユダの裏切り』


ペテロは、イエス様に「兄弟を何度まで赦すか」と言う質問をしてきた。この前の部分で、幼子のようになるように、また兄弟の罪の取り扱いを教えられたペテロにとって、‘兄弟を赦す事’の困難さを痛感していたのではないだろうか?

これに対し、イエス様は、王に巨額の負債を赦された僕が、友人のわずかの負債を赦さなかった事に譬えられた。多くの負債を赦されたのは、王のあわれみであったように、この僕も、その友人を赦すべきであった。

私たちも、時おり人の言動に憤りを感じ、赦せない思いでいっぱいになることがある。しかし主は、イエス様を十字架に架けるほどに、私たちをあわれみ赦して下さった。主の赦して下さった事を思い、聖霊に助けられて、赦し合う者にしていただこう。        


マタイ18:2135


投稿者 : admin_miyakojima 投稿日時: 2012-03-19 19:22:04 (1024 ヒット)
メッセージ

『私を探り知る方』


詩篇139篇の前半の部分は、神様が全知であり、全能であり、どこにでもおられる(遍在)という神様のご性質が書かれている。とくに私たちがどんな状況であっても主は知っていて下さる、と言う事はとても慰められる。

この後半の部分は、私たちを取り囲む悪や神様を認めない人々に、立ち向かう私たちの祈りを、主は聴いて下さる。また主は私たちの深い所を探り知る方で、罪深い考えも人に言えない心の痛みも主はご存じである。

 いい加減にしている罪、赦せない心やキズ付けられた過去の痛みはないだろうか?心の深みまで探り知る主は、やさしく癒して下さる。主に心をむけ、祈って癒して頂きましょう。震災のため、心のケアが必要になっている人がたくさんいる。そのためにもとりなして祈りましょう。  詩篇139:1924


 


投稿者 : admin_miyakojima 投稿日時: 2010-11-12 09:53:36 (1137 ヒット)
メッセージ

ローマ10章で、高ぶり自己義に陥ったイスラエルの民から、主は、‘主の名を呼び求める’異邦人へと救いの道を開かれた。そのことに対し、「神はその民を捨てたのであろうか」の疑問が湧き上がってくるが、パウロは、エリヤを譬えにあげて、偶像に膝まずかなかった7000人が残されていると答えている。彼ら7000人は、イスラエルの全体からすると少ない人数であるが、神様の恵みにより選ばれた者である。

パウロは、異邦人クリスチャンに、だからと言って誇ってはならないと戒める。私たちもかつては罪の中にあった者であったが、残りの者として選ばれて救われた者である。主の選びと召しにより恵みの中に入れられていることを感謝し、主の恵みから離れている兄姉のために祈る者となりましょう。    ローマ11:1〜6

 


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