『神の友』
『まことの礼拝』
私たちは御霊により、新しくされた者である。これからの生涯、何度、礼拝を捧げるだろうか?いつも神様がここにおられる事を意識し、霊とまことをもって神様に近づきましょう。
ヨハネ4:19〜26
『自由の律法で』
律法で裁かれるなら、私たちはすべてを守り徹さなくてはならず、救いから遠い。しかし、私たちは、イエス様の十字架により与えられた、自由の律法によって生きている。罪が赦され、あわれみを受けた者として、喜び感謝し、弱さのある人とも共に生きる事が出来るのです。 ヤコブ2:1〜13
『主の僕イエス』
世界ではいろいろな紛争がある。しかし、イエス様は、僕としての使命を全うするために、決して争わず、叫ぶ(絶叫して相手を威嚇する)ことなく、弱い者一人一人を顧み、異邦人に至るまで、望みに生きるように、あがないを全うされた。私たちは、この恵みに感謝すると共に、イエス様のように、争うことなく、弱さの中にある人たちを覚えて、祈り、助ける者となりましょう。 マタイ12:9〜21
『み言葉をみつめて』
主のみ前に悪から離れ、清められた者となるためには、み言葉を素直に受け入れ、み言葉を実行する事が大切である。洗い清めの洗盤が鏡になっていたように、み言葉は、鏡として私たちの姿を映し出す。鏡を見て‘寝グセ’を直さなければ鏡の前から離れると直さずに終わってしまう。み言葉に教えられたなら、行う者になりましょう。 ヤコブ1:17〜25