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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-04-07 11:24:34 (109 ヒット)
メッセージ

「ますます豊かにされる者」ペテロ脅蟷罅1:1〜11
豊かさとは何でしょうか。富、自然、才能…。新約聖書での豊かさという言葉は、人格的な部分、心の深いところ、霊性のことです。この箇所では、何が私たちに豊かに与えられると言っているのでしょうか。 屬い里舛鳩負覆砲かわる全てのもの」:聖書における「いのち」とは生命の維持活動に関するものというより、信仰により与えられる霊性「永遠のいのち」のことです。また敬虔とは「神を敬う生き方」のことです。私たちを「召された方を知る」、神の呼びかけ・招きに応答する者がその豊かさにあずかることが出来るのです。◆崑困大いなる約束」=世の欲のために滅びることを免れ、神のご性質にあずかる:欲にまみれると足元をすくわれ、やがて罪の前に無力になり、神から引き離され、腐敗した生き方は滅びへと向かわせます。むさぼり(必要以上に求めること)、執着(心が深くとらわれること)が周りのものを見えなくさせ、自分自身をも客観視できなくなります。神から贈与されようとしているものをしっかり受け取ることができるように、「力を尽くして、信仰には徳を、徳には知識を、知識には節制を、節制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には(神の)愛を加えなさい」それに励む者は実を結ぶ、神を知ることや神に信頼することをを学ぼうとし、神の愛に応答する生き方をする者は、イエス・キリストの永遠の御国に入る恵みがますます豊かに与えられるのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-03-31 13:03:00 (73 ヒット)
メッセージ

「神の力強い御手の下で」ペテロの手紙機5章
5章の前半は教会のリーダー像について語られています。「支配」と「模範」という方法がありますが、世の組織の在り方として多いのは支配型でしょう。上意下達、上の者が権威をふりかざし、その命令に従う形です。しかしペテロは教会の長老たちに「卑しい利得のためにではなく(自ら進んで世話をし)群れの模範になりなさい」と言いました。またイエスご自身が「偉くなりたい者は、仕える者となりなさい」と弟子たちの足を洗い、仕え合うことの模範となりました(マルコ10:45)。「自らを低くしていなさい。時が来れば、あなたがたを高くしてくださる」(ペテ5章6節)へりくだり、神に人々に仕え続けよ、やがて神に用いられる時が来るというのです。「悪魔があなたがたをねらっている」とありますが、悪魔とは神の計画を邪魔する存在です。神の家族であるクリスチャンは悪魔の力を圧倒するはずですが、人である以上、つけ込まれる隙や弱さがあるのも事実です。将来への不安から神への信頼を失くしたり、ごう慢になって他人をさげすみ、敬い愛し合うことができなくなる「高ぶり」という罪に陥ったりしがちです。だから「信仰にしっかりと踏みとどまって、悪魔に抵抗」すれば、神が「しばらくの間苦しんだあなたがたを完全な者とし、強め、力づけ、揺らぐことがないようにして下さいます」と結んでいます。この手紙を代筆しているシルワノという人は、ピリピでパウロが投獄された際(使徒16章)一緒に牢の中で神に賛美していたあのシラスです。パウロと共に伝道をし、現在はペテロの助手をしていたのです。ペテロはイエスが生きておられる時、弟子たちの中で一番えらいのは誰だと論争していました。しかし御霊によって別人のように変えられ、後から伝道者になったパウロのことも神の器として敬い、彼からも学び続けました。ペテロのように信仰にかたく立ち、へりくだり人に仕え合う器と変えていただけるよう、祈りましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-03-25 11:40:30 (67 ヒット)
メッセージ

「キリスト者の苦しみ」ペテロ4章:12〜19節
先週は貢献について言及しました。貢献とは物や行為をささげることです。聖書に「貢献」という言葉は出てきませんが「ささげる」ことは信仰生活の大切な行為です。礼拝や賛美、祈りは神に向けておささげします。行為や努力の方向性についてですが、人は他人の評価や認められた感がないと承認欲求が満たされず不遇感が増します。家族や職場、地域に貢献することにより神の素晴らしさが現されていくことに喜びを見出す、という視点があるという話でした。しかし間違った思想、カルト的な宗教やテロリストの共同体に命がけで貢献したとしても、沢山の人を恐怖に巻き込み、憎しみと深い悲しみを与えるだけです。無私のご奉仕のつもりが一人よがりのもので、自己満足で終わってしまう場合もあります。聖書では、貢献することは何が基準になると書いてあるでしょうか。(コリ8:1)「愛は人の徳を建てます」(口語訳)「知識は人を高ぶらせるのに対して、愛は人を造り上げます。」(聖書協会共同訳)神の愛に基づく行い、言葉は相手の人格(徳)を高めることに貢献するというのです。これが「私の行為」を判断するものさしです。また、「全てのことが許されています。しかし、全てのことが益になるわけではありません。‥全てのことが人を造り上げるわけではありません」(コリ10:23)とも書いてあります。その言葉は「誰でも、自分の利益ではなく、他人の利益を求めなさい」と続きます。それぞれ与えられた賜物をどう用いるか、それは互いに仕え合うためです。愛は多くの罪を覆うとあります。そして自分の悪によって(罪人として)苦しみを受けることがないように身を慎みなさい。しかしキリスト者として苦しみを受けるのなら恥じてはなりません、神を崇め、真実である創造主に自分の魂をゆだねなさいと語っています。繰り返し「苦しみ」について語るペテロ自身が、苦難の真っただ中にありました。しかし彼は喜びなさい、神の栄光が現されると人々を励ましています。試練を耐えるのは容易ではありませんが、ペテロのように信仰の勇気をいただきましょう、神は試練を通して私たちを成長させて下さいます。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-03-19 10:10:59 (132 ヒット)
メッセージ

「恵みの良き管理人として」ペテロ4章:1〜11節
今週の箇所では「終わりの時が近づいている」とあります。大規模な自然災害や戦争が相次ぎ、たしかに「世の終わり」の前兆に感じられる時があります。予測困難なことが次々に起こった時、どうすればよいでしょうか?ペテロが教える方法は、/瓦鮴鼎瓩撞Г襦Э瓦鯀がせる原因は何かを見極め、慌てない、焦らない、恐れない。祈りに努めることです。互いに愛を熱く保つ:私たちの中に熱い愛は無いかもしれません。しかし意識し、関心を持つことで神は私たちの中から愛を引き出して下さいます。神の愛は犠牲の愛で、一方的な、見返りを求めない与える愛です。「してあげる」「やってあげた」という上下の意識があると、相手に不快感を与えます。愛を保つ上で大事なことは相手を「敬う」ことです。I塋燭鮓世錣左澆い砲發討覆后不平不満はどこから来るのでしょうか。自分が望んだ通りにいかない、結果が願う形ではない、期待していた報いがない。聖書が勧める親切・善意の行いを精励しても人に評価されず、どこか虚しいことがある。そんな時どうしたらいいでしょうか。自分の行いに対して他人の評価や報いがあるかないかではなく、家族や職場、教会、地域といった共同体にどれだけ貢献できたかを考えてみることです。やがてそれは神にささげられた行為、神の栄光となるのです。せ鯤を互いに役立てる:人には得意・不得意があるものです。不得意な部分に目を向け「自分は出来ないからやらない」ではなく、自分の得意な分野、やっていて苦にならない、むしろ好きなことがあるなら)それを賜物として、主のため人のために用いることです。それで互いに貢献できればなんと幸いなことでしょう。何を目的に家族に職場や地域に貢献しますか?神の栄光のためです


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-03-10 10:05:33 (78 ヒット)
メッセージ

「苦しむことがある」ペテロ擬蟷3章:13〜22節
戦争では多くの痛み、悲しみ、怒りや憎しみがあります。自身が、そして家族や友人が戦禍のただ中にいる状況で「戦争は愚かなことだ。武器を置きなさい」と言えるでしょうか。侵攻する側でも、いくつもの銃口が向けられている立場ではどうでしょうか。構えていた武器を下ろすのに必要なのはあきらめでしょうか、それとも勇気でしょうか。いずれもその後に起こるだろう痛みを引き受けなければなりません。自分に非があるなら改めることにも勇気が必要ですし、苦しみを耐えることにも勇気が必要です。私たちはそれを信仰による勇気と考えます。第一ペテロの手紙を貫いているテーマは「キリスト者の苦しみ」です。ペテロは迫害されている信仰者たちに苦難を耐えるよう励まし続けました。「神様が守ってくださるから苦しい目にはあわない」と安易な楽観をしているわけではありません。聖書では「義のため苦しむことがある」「敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます」と予告されています。これがご利益信仰なら、こんな損な宗教は信じられないでしょう。キリスト者は不幸のたびに「先祖(の神)を大事にせんから罰が当たったんじゃ」と悪意ある人に陰口を言われますが、【苦しみ】についての理解が違うのです。聖書は【義(信仰)のための苦しみ】、【悪を行ったための苦しみ】があるといいます。そして苦しみの中で3つの取るべき態度ゞ欧譴討呂い韻覆ぁ疔榲に恐れなければならない方は誰か。真に信頼でき、頼れるお方は天の父のみ。人の心は変わり、富は役に立たないから、それらで心を乱してはならない。⊃瓦涼罎妊リストを主とあがめ(て生活し)なさい。J枳世陵儖佞鬚靴覆気ぁР晋里い弔發修鵑覆鵬困笋でいられるのか、困難な状況の中でも良い行いができるのか…など人にたずねられた時に、あなたの抱く希望について「やさしく慎み深く、正しい良心で」語りなさい、と勧めています。同じ信仰を持つようにと、ごう慢な態度で押しつけたり、こうしろああしろと命令するのではない、神様でさえ私たちに自由を与えて下さったのだから、キリストを模範としたふるまいをしなさいと言っています。「善を行って苦しむ方が、悪を行って苦しむよりはよいのです」この神の御心にかなうよう、信仰による勇気をいただきましょう。


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