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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-09-23 20:43:24 (62 ヒット)
メッセージ

「迷いと決断」列王紀上18:20〜40


カルメル山に集結したバアルおよびアシェラの預言者と対決する前に、エリヤはイスラエルの民たちに「あなた方はいつまでどっちつかずに迷っているのか。もし主が神であるなら主に従いなさい」と言いました。信じることは決断です。しかし神に従うのか、偶像に従うのか、決めかねている民たちは答えられませんでした。信じるに値するのか、自分の全てをゆだねてもいい存在なのか。天地を創造され人をも造られた神を礼拝するのか、人間が作った神々を優先するのか。日本人はよく「一神教の信者は恐れ知らずに戦い、頑固で時には国家権力にも逆らう危険な宗教だ。日本は多神教だから大らかで、周りとの調和を乱さないから平和なのだ」と考えがちですが、日本の支配者や国家が宗教を弾圧してきた歴史をかえりみると、多神教だから寛容、争いがないというのは勘違いです。宗教に対する無知が、時には信仰している人に対する迫害を生みます。信教、思想、良心の自由は、人の権利として保障されるべきものです。もし他人の利益や幸福を侵害する宗教であれば、法律によって適切に裁くべきですが、何を信じるかはその人の意志が尊重されなければなりません。この戦いは、民衆一人ひとりの信仰の決断をうながす場でもあったのです。バアルの預言者たちは自分たちの神に叫び呼び続けましたが、物言わぬ偶像の前には何の変化も起こりませんでした。彼らはいけにえが足りないから、自分たちの努力が足りないから神が答えられないのだと考えます。しかしエリヤが祭壇を築き、主に呼ばわると天から火が降りいけにえを焼き尽くしました。この火の奇蹟を見て、民たちは祈りに応えられる神、生ける主である神を認め、信じることを決断するのです。 


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-09-23 20:37:25 (55 ヒット)
メッセージ

「御国とキリスト者の眠り」ヨハネ福音14:27〜29


先日、告別式を執り行いました。キリスト者は死後、どこへ行くのでしょうか?なぜ天国へ行けると確信を持って言えるのでしょうか。今日の聖書箇所はイエスが十字架にかかる前に弟子に話された内容からです。「平安を残して行く」と言われていますが、イエスが与える平安とは何でしょうか?それは罪の赦しから来る平安です。罪の責任はイエスが十字架によって代わりに負って下さった、けがれも咎もきよめられ、罪のない者とみなされ神の家族として天の国籍が与えられる、それが永遠のいのちです。人は誰しも、神に対して、他人に対して、とがめや後ろめたいことがあります。不誠実だったこと、あやまち、やがて来る後悔と「赦してほしい」と願う思い。そういったわだかまりを幾重にも心に積もらせて日々を過ごしていますが、もし人生の終わりまでその罪の意識を残したままだったらどうでしょうか。「あなたの罪は赦されました」と神の権威によって宣言される安堵感、赦された恵みを受け取ることができたら、死の向こう側に対する恐れや不安も取り除かれます。亡くなられた兄弟もイエスが約束された平安の中、眠りについています。私たちは日常に「眠る」という行為を繰り返しています。「明日が来なかったらどうしよう」と不安にならず、必ず明日も目覚める、と疑うことなく眠りにつきます。だからキリスト者の死は「眠り」だと表現されています(テサロニケ4:13-18)。死に伴う痛みや苦しみはありますが、それは永遠に続くものではありません。死の向こう側にある永遠のいのち、神との和解、回復された新しい神と人との関係、時間や物理的な制約を超えたお方の元で、平安に過ごすことができるのです。先に召された兄弟姉妹たちと再び会える日まで、長いか短いか人によって様々ですが、地上の生活の中で主の平安の内に過ごすことが出来るように、祈りながら歩んでまいりましょう。 


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-09-15 09:12:58 (57 ヒット)
メッセージ

「主を畏れ敬う人」列王紀上18:1〜19


メディアで毎日のように政党とカルト団体の関係が取りざたされていますが、政治家が宗教勢力を自分たちの利益のために利用するのは列王紀の時代にもありました。北イスラエルのアハブ王は、シドンの王女でありバアルの祭司の娘、イザベラを王妃としました。アハブ王は政治的な手腕もありツロ・シドンとの交易で成功し、ばく大な富を築きました。王は外交上の理由からバアル信仰を国策として用いましたが、それをとがめる預言者エリヤの存在をイザベラはけむたく思っていました。「主の怒りでイスラエルに3年雨が降らない」と預言したエリヤを捕らえるよう命じ、殺そうと思っていました。主の預言者たちも迫害されました。そのような中、宮廷長のオバデヤは王と王妃に見つからないよう、主の預言者たち100人をこっそり洞窟にかくまいました。王の懐刀ともいえる存在が主君の目をかいくぐり、命令にそむいて預言者たちを隠し続けたのです。エリヤのように正面きって堂々と王に物言うわけではないけれど、オバデヤは主をおそれる人だったから信仰を働かせ、その立場で出来ることをしたのです。もしそのことが知られたら、オバデヤもその働きを手助けした部下や家の者たちも殺されてしまうでしょう。彼の前にエリヤが現れ「エリヤはここにいると王に告げなさい」と言われ、オバデヤは激しく動揺しますが「私の仕える万軍の主は生きておられる」というエリヤの言葉に心を決めます。「万軍の主」とは戦の神というより「偉大な畏れるべき神」「契約を守り、真心を示す真実な神」「命の主なる神」という意味です。信仰者は時として孤独を感じがちですが万軍の主が共におられる、決して一人ではないという神の約束を基とし、励ましとし、歩んでまいりましょう。 


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-09-15 09:06:40 (43 ヒット)
メッセージ

「真理による自由」ヨハネによる福音書8:31〜32


日本人にとってキリスト教はなじみがないため、分からないまま一神教をカルト的宗教と区別出来ず、批判する傾向があります。健全なキリスト教会とカルト(権威主義的な教会も)との違いを分かっていれば恐れることはありません。カルト団体に依存すると家族や友人との関係を壊し、社会性を失い、判断力・思考力が低下し、自分で何かを選択し決断する自由が奪われます。カルト団体の内部では情報統制され、信者たちは自分たちが属する組織のことを客観視することができず、幹部から教えられたことが事実だと信じていきます。同じようなことが社会の中でも行われています。テレビなどのメディアは政治家や経済人に忖度し、権力のある人に不都合な情報にはふたをします。情報源はテレビだけでなく、インターネットでも様々な立場の人が発信した情報があります。それらを比較検討して考えることなく、テレビで流れていることだけが真実だと思い込むと、偏った意見が大多数の社会になってしまいます。ウクライナを攻撃している国では、国営放送しか見ていない人たちは大統領に賛成し、ネットを見て戦争に反対している人たちは弾圧されています。国家の情報操作は日本でも行われています。昨今、政治家とカルト団体のつながりなど、国民に広く知られていなかった事実が次々と明らかにされています。逆に言えば、以前から一部の人たちは知っていた内容でも、主流のメディアが取り上げていないと「誰も騒いでいないから大した問題ではない」と無視されてしまうのです。政治的に社会的に深刻な問題でも、日常での不安や心配を減らそうとする働きによって、重要度を下げてしまうバイアス(先入観、思い込み)がかかってしまうのです。真理は人を自由にします。主体的に真理を学び、知識を取り入れ、自分の考えに責任を持って、神の栄光が現されるように、自分も人も幸せになれるように貢献できる道を求めて祈りましょう。 


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2022-09-09 10:42:41 (68 ヒット)
メッセージ

「キリストの恵みと知識において」ペテ3:14〜18


「シミも傷もなく平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい」とありますが、献身することが救いの条件ではありません。手紙の冒頭で既に「終わりの時に現されるように準備されている救いを受けるために、神の力により、信仰によって守られています」と述べられています。新しいいのちを与えられた者として、成熟するために最善を尽くしなさいと勧めているのです。神の栄光にあずかる希望を誇りとし、苦難をも誇りとする生き方は「苦難が忍耐を生み、忍耐が品格を、品格が希望を生む(ローマ5:3-5)」自分の感情を点検し、もっとよい言動はないのか考え、コントロールするようになります。忍耐することは我慢の修行ではなく、キリストの生き方を学ぶことです。主がぶどうの木であり私たちはその枝であるように、キリストと共に生活することで豊かに成長していくのです。ペテロの手紙の最後には、パウロの手紙について言及しています。「彼の手紙には分かりにくい所があって、無学な人や心の定まらない人は、それをほかの書物と同じように曲解し、自分の滅びを招いています」とありますが、悪口を言っているのではありません。パウロの手紙の内容は自分が伝えていることと同じであると前置きした上で、ユダヤ人の信仰観や文化背景から「信仰義認」の理解が難しいということです。行いをしなければ神に認められてる確信が持てない、という考えに陥らないよう注意しているのです。偽物を見抜くために最も効果的な方法は本物を知り、それをよく見つめ続けることです。主の御言葉と福音にとどまり続け、堅固な足場を失わないよう用心しながら、キリストの恵みと知識において成長しましょう。 


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