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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-09-18 14:26:28 (48 ヒット)
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「火と雲の柱」出エジプト13章
13章にイスラエルの民たちがヨセフの棺を運び出すとあります。出エジプトは、単に独立に目覚めた奴隷の集団が暴徒化してエジプトを出た話ではなく、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫である彼らがヨセフの遺言を守ることで、主なる神の約束と族長時代からのイスラエルの歴史の連続性を知ることができます。13章で繰り返されている語句は「力強い御手」と「導き」です。イスラエル民族としてのアイデンティティを確立するため、神は3つの約束事を決め、出エジプトの出来事を代々語り継げるよう定めます。_甕曚靴虜廚蠅竜定:イスラエル人か割礼を受けた者のみが種なしパンの祭りにあずかることができる。⊇藥劼寮司漫Э佑皺斑椶眩瓦討僚藥辧⊇虔罎麓腓砲気気欧詈とする。l泙い梁絏舛叛嫻ぁДぅ好薀┘襪量韻禄け出されたが、エジプトの初子たちは打たれた。自由は無償で得られたものではなく、多くの犠牲が払われたことを忘れないために。「贖う」語句の意味として 掬枸譴鮗由の身にするならば銀貨の代価を払う 恐搬欧篆涜欧療效呂他人のものになっているならば代価を払って買い戻す 刑瓩鯣箸靴禿蟾されたら保釈金を支払って猶予が与えられるなどがあります。民数記や申命記では、贖(あがな)いの規定が細かく記されています。罪は死でもって贖わなければならず、私たちがその縄目から自由になるためにキリストの血によって贖われた犠牲の大きさを覚えましょう。荒野でイスラエルの民の前を雲と火の柱が進み、神が導き手となり共に歩んで下さったのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-09-18 14:24:05 (45 ヒット)
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「永遠の主権」ダニエル7章
ダニエル書は7章から12章まで黙示預言が述べられます。激しく乱れた世で戦禍が絶えず、大きな自然災害が続く患難の時代に、人を惑わし食い荒らす者が現れるという幻が述べられます。7章では新バビロンの王ベルシャザルの治世にダニエルは夢を見ます。その黙示では地上の権威を持つ4つの獣が登場し、第4の獣は大きな鉄の歯を持ち異常に強く、口は尊大なことを語って情報を操作し人々を支配しようと驕り高ぶります。すると日の老いたる者(永遠に生きられる方=父なる神)が王座に来られます。雪のような白い衣(=きよさ)で、燃える炎(裁きの座)に着かれると、尊大な獣は火に投げ込まれ、他の獣は支配権が奪われます。しかし命は延ばされました。悔い改める時を与えられたのでしょうか。すると人の子のような方が天の雲に乗って来られ、父なる神の御前に導かれます。父なる神はこの方に、全世界の永遠の支配権を与えられました。この方こそ主イエス・キリストです。ダニエル書から「人の子」は救い主を表す呼称として用いられ、エゼキエル書においては預言者に対する呼びかけとしても用いられており、どちらとも取れるためイエスは反対派に上げ足を取られない様に「メシア」ではなく「人の子」の呼称を用いられたのでしょう。イエスがメシア的権威を教えられる時は「人の子」の呼称を用いて|肋紊砲ける働き苦難と復活Lね茲砲ける働きを話されたのです。ダニエル書の大きなテーマに「神の主権と支配」がありました。その支配はイエス・キリストに委ねられたのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-09-04 10:58:02 (53 ヒット)
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「生ける神のしもべダニエル」ダニエル6章
新バビロニヤが滅亡し、ペルシャのクロス王が征服しましたが、クロス王はイスラエルにとって脅威ではなく聖書に預言された解放者で、その政策も寛大な王でした。ダニエルは健在で、優れた政治家としてメディア人ダリヨス王のもとで重用されました。ダニエルは能力があり仕事も出来るため、ペルシャの総督や大臣たちにねたまれ、法令遵守をたてに策略を用いて陥れられます。3章のエピソードと国や君主は違いますが、青年たちが火の炉へ投げ入れられるのと、ライオンの穴に投げ入れられるのと、どちらも真の支配者・神への信仰を貫く態度をとがめられて災いを被るのは同じです。バビロンの王は青年たちを殺そうと思いましたが、ダリヨス王は何とかダニエルを助けたいと努めました。しかし高官たちの巧みな戦術にはまってしまい、王といえどもその罠から逃れる手段はありませんでした。ライオンの穴に投げ入れた後、王は「お前がいつも仕えている神がお前を救い出してくださるように」と祈るような気持でダニエルに言いました。王自身も断食し眠れない一夜を過ごし、翌朝ライオンの穴の前で悲痛な声でダニエルに問いかけると、何と彼は無傷で生きていました。超常現象のような奇蹟、神の使いにより助けられるのも3章と同じですが、ダニエルもまた「たとえそうでなくても」神の御手が介入されず命を失ったとしても、神への礼拝を止めず信仰を捨てない決意でした。ダリヨス王は「ダニエルの神を畏れかしこまなければならない。この方こそ、生ける神‥」と全地の者に告げたのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-08-28 11:13:21 (68 ヒット)
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「神の手」ダニエル5:10〜28
時は新バビロニヤ王朝末期のことです。最後の王ナボニドゥスは偶像(月神シン)崇拝に明け暮れ、息子のベルシャザルが政権を握っていました。祖父ネブカドネザルが建設した城は、ユーフラテス川の運河を用いて堀とし二重の巨大な城壁に囲まれ、難攻不落の城でした。ここにいれば何一つ恐れることはない、という過信が孫たちの高慢を増長しました。また彼らに勝利を与え続けると信じた偶像により頼み、イスラエルから奪った神殿の祭具で千人の貴族たちと大宴会をしていました。そうした驕りの絶頂にあったベルシャザルの前に突然、人の指が現れ、壁に文字を書き始めました。王の顔色は変わり、ひざはガクガクするほど怯えました。訳が分からず方術士や占い師たちを呼び寄せ、文字を解き明かした者は国の第三番目の地位につけると宣言しますが、誰にも意味が分かりません。そこへ王妃がやって来て、ネブカドネザルの夢を解き明かしたダニエルを召すよう進言します。ダニエルは王に、驕り高ぶったベルシャザルに神の裁きが下る、この国は敵の手に渡ると解き明かします。その預言通り、ペルシャのクロス王とメディアの軍はユーフラテス川の流れを変えて堀を空にして奇襲し、大きな抵抗も無く門は開かれ、ベルシャザルは殺されます。こうして栄華を極めたバビロンは一夜にして滅びたのです。祖父が神にこらしめられ獣のようになったことを知りながら心を低くせず、全ての道をつかさどっておられる神をあがめなかった為、その命は神の御手により量られたのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2020-08-22 22:11:42 (60 ヒット)
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「目を見上げて天を仰ぎ見ると」ダニエル4:28〜37
新バビロンの王ネブカドネザルは、ユダ王国についての裁きに用いられた人物でエレミヤ、ダニエル、列王記、歴代誌など聖書に登場する異邦の王で一番名前が出てくる人物です。エルサレム陥落時、エレミヤを保護しているところからエレミヤの預言を通してイスラエルの天地を造られた神を知識として知っていたとも考えられます。しかし信仰には至らず、主なる神を畏れませんでした。古代最大の都市や大建造物を築き、栄華を極めた大バビロンを誇り、自らの威光を世界に示そうとした高慢を神にとがめられます。ある日ネブカドネザルは大きな木が、ひとりの聖者の号令のもとに切り倒される夢を見て胸騒ぎが止みません。その夢の解き明かしを国中の知者たちに求めますが、ダニエルただ一人がその意味を王に伝えます。それはネブカドネザルの理性が取り去られ、世を離れて野の獣と共に七つの時を過ごすが、木の根の切り株を残しておき、天の支配を知るなら立ち返ることができるというものでした。12ヶ月の後、ネブカドネザルの身にその言葉通りのことが起きます。しかし時が満ちた後、ネブカドネザルが目を上げて天を仰ぎ見、真の支配者を知り、理性が戻りました。世界を造られた神をおそれると共にほめたたえ賛美し、再び王位を確立しました。高ぶる者には人間の分をわきまえるための試練が与えられますが、痛みと苦しい経験によってへりくだることを学びます。天地を造られた方の御手によって自らを低くし悔い改める者は、時が来れば神が高くして下さいます(ペテロ5:6)。


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