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投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2019-09-05 15:09:46 (607 ヒット)
メッセージ

 「士師サムエル」 サムエル上7章
士師記から「主の霊」が注がれた人物たちを取り上げてまいりましたが、サムエルは、サウル、ダビデといったイスラエルの王に「主の油」を注いだ人物です。サムエルは預言者として神の言葉をとりつぎ、祭司としていけにえを捧げ、最期の士師としてイスラエルの指導者となり活躍します。サムエルの師エリの晩年、イスラエルの状況は大変な危機の中にありました。宗教的には民衆は異教の影響を受け、祭司は堕落し祭儀はなおざりにされました。政治的には高い軍事力と文明を誇ったペリシテ人と雌雄を決する大戦の末イスラエル軍は大敗北を喫し、神の契約の箱も奪われました。(この戦でエリの二人の息子は戦死し、息子の死と契約の箱が奪われたことを聞いた祭司エリは倒れて憤死)政治的・宗教的リーダー不在の中、サムエルはイスラエルの信仰の刷新と悔い改めを促したのです。彼は聖所を巡回し、犠牲をささげ、礼拝を指導する祭司の業を進めました。また彼は各地に「預言者の群れ」を組織しました。巡回と組織化により、山と川で隔てられ疎遠になりがちなイスラエルの各部族間を結び合わせ、イスラエルを神に仕える民として指導していったのです。契約の箱が奪われて20年、神の臨在と栄光がイスラエルに戻って来ず、霊的な飢え渇きを覚えた民衆は嘆き、心を尽くして神に仕えました。主を慕い求める祈りを神は聞かれ、ペリシテとの戦いに勝利し、ペリシテに奪われた町々を取り戻すことが出来ました(7:13)。そしてサムエルの一生の間、主の手がペリシテ人の侵入を防いだとあります。悔い改めて神を信じ仕える者を神は救われ守られることを信仰によって経験したのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2019-09-05 15:07:31 (54 ヒット)
メッセージ

「預言者サムエル」 サムエル上3章15〜21節
放浪のヨシュアの時代から300年、農耕し他民族との交流の中でイスラエルの生活も大きく変化しました。土着のカナン人からすると未だ領土を持つ国としてみなされないイスラエル部族同盟の時代は、価値観や宗教観も定まらない状態でした。法が整備され政府が確立するのはソロモン王の時代まで待たなければなりません。サムエルの時代、シロに契約の箱があり、そこが「主の宮」の聖所としてイスラエルの人は礼拝に来ていました。主の言葉が臨むことはまれにしかなく、幻が示されることもない時代に、祭司エリの元で献身していたサムエルは3度神から名前を呼ばれ、エリは主がサムエルを呼んでいると悟ります。エリの2人の息子は祭司の資質に欠けがあり、聖所において道徳的にも宗教的にも堕落が進むことを父親であるエリは正すことができませんでした。そんなエリの家の悲劇的な行く末をサムエルは主に示されます。「それを聞くものは耳が2つとも鳴る」という言葉通りに驚くべきことでした。師であるエリの家の滅亡を伝えることをサムエルは恐れましたが、何も包み隠さず話すようエリに諭され、ありのままを告げました。これは預言者としての大切な資質です。自分の考えを差しはさんだり、人情に流されて本当のことを伝えなかったら預言者としての働きはできません。神の言葉を預かる者としての準備期間、エリの家に対する主の御言葉が実際に成就するまでの間、サムエルはエリの元で聖書を学び、礼拝や犠牲のささげ方を学び、神の器として整えられていきました。「サムエルは育っていった。主が彼と共におられて‥」とあるように、霊的にも成長していきました。サムエルが神の言葉を聞いた時に「しもべは聞きます。お話し下さい」と答えたように、素直さは信仰者にとって必要な態度です。神様からの語りかけに耳をすます、聞いた教えを吟味し悔い改める、示された愛を喜んで受け取る、幼子のような素直さをサムエルから学びましょう。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2019-08-03 08:32:32 (78 ヒット)
メッセージ

「なにゆえ神様は◆廖〇了婬16章18〜31節
ナジル人は聖別された期間を終えると伸ばしていた髪をそり、お酒を飲むことができましたが、サムソンは生涯ナジル人として過ごしました。暴力的な人間で、カッとなったら何をしでかすか分からないサムソンは、考えられないような並外れた怪力の持ち主でした。乱暴なサムソンの唯一のナジル人としての誇りは、生まれた時からカミソリをあてたことがない長い髪の毛のみでした。士師がさばきつかさの時代、地中海を渡って上陸してきたペリシテ人は40年イスラエルを支配していました。そのペリシテに対し、サムソンは一人で激しく抵抗します。ライオンを素手で倒す破壊力を持ったサムソンでしたが、気に入った女性の涙と執拗なせがみに対して弱いという面もありました。初めにティムナの女性と両親の反対を押し切って婚礼をあげますが、妻となる女性に泣きつかれて答えを教えてしまい、なぞを解き明かした者に晴着を用意しなければならなくなりました。次にガザの女性と交わり寝ていた所を待ち伏せにあい、殺されそうになります。けれども夜中に気づき、町の門とかんぬきの木もろとも引き抜き、ヘブロンへ約50Km運びながら逃げました。そのたびにサムソンは多くのペリシテ人を殺してきましたが、ソレクの谷に住む女性デリラはペリシテ人に買収され、サムソンの怪力の秘密を聞き出すことに成功します。髪の毛をそり落とされ力を失ったサムソンはペリシテに捕らえられ、両眼をえぐられ青銅の足かせをはめられ、ガザの地下牢に入れられてしまいます。どれだけの期間か、サムソンの髪の毛がのびるまで、悔い改めの時間が与えられました。その後ペリシテの領主たちがダゴンの神にいけにえを捧げるために集まった時、余興の笑いものにするためサムソンが引き出されました。その時サムソンは神に祈り力が与えられ、神殿を支える柱を引き抜いたことで3000人以上のペリシテ人が死に、最期に生涯の中でペリシテ人に最も大きな打撃を与えました。サムソンは神との関わりよりも誤った人との関わりを優先してしまい、神からの力を失うという失敗を犯しました。しかし悔い改めたサムソンを神は見捨てることなく、彼の欠陥のある人格で判断されず、信仰を見て用いられたのです。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2019-08-03 08:30:33 (72 ヒット)
メッセージ

 「なにゆえ神様は 廖〇了婬14章
士師記を読むと違和感を覚えることがあります。私たちが聖書を読む時、それまで培った信仰観や価値観、道徳・倫理から読み解こうとしますが、主に選ばれた者の行動がそれらから外れている時、違和感を覚えるのです。サムソンは御告げによって生まれた子であり、生涯ナジル人として育てられました。ナジル人とは聖別された人の意です。ー鬚魄まない▲ミソリを頭にあてない死体に近づかないけれた物を食べない等の条件がありますが、きよい人とは言い難いサムソンの行動に私たちの認識は揺さぶられます。サムソンはペリシテ人女性に求婚し、なぞかけに答えたペリシテ人のためにアシケロンの人々30人を打ち殺し着物を奪います。怒りに燃えたサムソンが帰ってみると、妻になる女性は他の男に嫁いでいました。理不尽や不条理が繰り返され、サムソンはペリシテを害し始めます。死体に触れないどころか異邦人を幾人も殺めます。すべて神様がペリシテからイスラエルを救うためのご計画とはいえ、違和感を覚えるのです。他に方法はなかったのかと‥。救済史的歴史観において、神様は主権的支配をもってご自身の計画を進められます。神様のご計画の中には私たちからすると一見不条理や理不尽と思えるような出来事が含まれることを教えられるのがサムソンの物語です。私たちからすると非情に思えるような出来事であっても神様の視点から見るとそこにはまったく異なる風景があるかもしれません。悲しみや苦しみ、怒りという私たちの心を震わす出来事は私たちがその物事を捕らえようと考える時、視野を狭めることがあります。そのような時、神様の視点ではその出来事はどのように映っているのでしょうか。神様のご計画ではこれからどのように展開するのだろうと想像する時、つまり自分の立ち位置から鳥瞰して神様に心を向ける時、私たちの心は変えられるのです。イスラエルの歴史に深く関わられる神様は、私たちの信仰生涯にも深く関わってくださるお方です。どうぞ教えお導きくださいと祈ろうではありませんか。


投稿者 : Otsuka 投稿日時: 2019-07-19 10:26:29 (77 ヒット)
メッセージ

「士師エフタ」 士師記11章29〜40節
エフタは母親が遊女だったことから出自が疑われ、おそらく相続の件も絡み兄弟から嫌われて家を追い出されました。イスラエルの共同体の法を守れないならず者たちがエフタのもとに集まるようになったのは、彼にダビデのようなカリスマ性があったからでしょう。ごろつきの頭(不良のリーダー)であるエフタですが、聖書は彼を「勇士」として評価しています。アモン人と戦うことになったイスラエルにはふさわしい指揮官がいませんでした。そこでギレアデの頭たちはエフタを呼び出したのですが、エフタはすぐさま引き受けたのではなく、平時においても首領となるよう知恵を用いて交渉しました。戦時も平時も大将となるような士師はエフタだけでしたが、敵との戦いにおいて誓願を立てたのもエフタのみでした。誓願とは自分の願いが聞き届けられた時に、ある事をする・ある物を捧げる、ある事をしない(もの絶ち)と、口に出して神に約束することです。誓願を立てるのは義務ではなく全くの個人の自由意志ですが、神様と特別な取引をするためにそれを破ることはできず、必ず約束は果たさなければならないため、軽々しくすべきではありません。旧約の例としてはハンナの祈りが聞かれて男の子が産まれたため、誓願どおりサムエルを主にささげました。後にサムエルは最後の士師であり預言者として活躍します。エフタはアモン人から勝利を得たら「家の戸口から私を迎えに来る者を全焼のいけにえとする」と誓願を立てます。犠牲が大きいほど願いがかなえられる、と考えたようですが、あきらかに異教の影響からくる愚かな発想でした。創造主なる神は人身御供を望みも教えもしませんでした。それを戒めるかのようにアモン人に勝利し凱旋したエフタを最初に出迎えたのは、最愛の一人娘でした。士師記において主はイスラエルに敵を渡すと約束されましたが、エフタには勝利の約束はなかったため、確信が欲しくて誓願を立てたのでしょう。エフタはモーセの律法において誓願を立てることの意味とその重さを身をもって知り、それに従うことになったのです。


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