「不安と不満」
サムエル記下20章
ダビデがエルサレムへ帰還する為、ヨルダン川を渡る前に迎え出たユダ族に対し、他のイスラエルの人々は不快に思いました。「王をエルサレムへ呼び戻そうと言ったのは我々が先だったのに、アブサロムの反乱でユダ族は裏切ったくせに、親ダビデ派をアピールして何のつもりだ」ユダ族の者がダビデ支持を表明し、新政府で優遇され幅をきかせるだろうと困惑し不安を感じたのです。そんな反ダビデの人々の感情を巧みに操り、ベニヤミン族のシバという者が「ダビデについていたら我々の嗣業の地はなくなるぞ」と批判し反乱を誘導したのです。ダビデは新しい将軍アマサに兵の招集を頼みましたが、彼はついこの前まで敵軍アブサロムの指導者だった者で、しかも経験浅く実力不足のアマサに、ユダ族の者たちが素直に従うことは感情的に難しかったと言えます。結局アマサでは戦いの準備が整わず、ダビデはヨアブの兄弟アビシャイに協力を頼み、シバ討伐へ向かうことになります。そのどさくさにまぎれてヨアブは新将軍アマサを暗殺してしまいます。ヨアブは自分の地位を奪われた屈辱、長くダビデ王家を支えてきたベテランの自負があるのに評価されない恨み、これらの不満がアマサ殺害へと駆り立てたのでしょう。ダビデはウリヤ殺害の時に彼に借りを作りましたが、その後サウル王朝側の将軍アブネルとダビデが和平交渉していたのに私怨のあるヨアブによって暗殺され、息子アブサロムを穏やかに扱うようにと命令したのにも背いて、苛烈な葬り方をされて、従順に従わないヨアブに手を焼いていました。アマサはダビデの姉アビガルの子でしたが、ヨアブもダビデのもう一人の姉ゼルヤの子であり、叔父と甥の親戚関係ですが、くせ者ヨアブはダビデの意思を反映することなく動くので、苦々しく思い、全く心を許していませんでした。)しかしヨアブによってシバ反乱(軍は鎮圧され、その功績によってヨアブは処罰されませんでした。ダビデは女性関係、部下・家臣との軋轢、子ども達との確執など、失敗のほとんどが人間関係でした。ダビデ王権は神に祝福されましたが、ダビデ本人は多くの悩み、心配、葛藤、痛みを抱えていました。しかし主の知恵をいただいて破れを繕って、失敗しながらも主に拠り頼んだから、非常に難しい局面からも逃れて、揺るぎない礎を築くことができたのです。また、主の御心から離れた歩みは、多くの悲惨な傷跡を残すことを示しています。