「呪いと祝福」

目次

サムエル記下19:1~32

ダビデ軍はエフライムの森で敵軍をせん滅し、アブサロムのクーデターは失敗に終わりましたが、ダビデは勝利を喜ばず息子の死を嘆いていました。都エルサレムに統治者が不在の今、イスラエルは外国から攻められたり、新たな反乱が起こる可能性もあります。甥であるヨアブはダビデに「兵士たちが命がけで戦ったのに、首謀者の死にダビデが嘆き続けるのは非礼であり、このままでは兵士たちの心は王から離れてしまい、かつてない程の災いを招いてしまう。今すぐ外に出て家臣たちをねぎらうべきだ」と率直に進言します。ダビデはその言葉に従い城門の席に着き、ヨアブが危惧した混乱は回避することが出来ました。イスラエルの部族たちは、自分たちがアブサロムに油注いで王と認めたものの戦いで死んでしまったので、ダビデに戻ってきてほしいという声も出ましたが、進んでダビデを支持しエルサレムへ連れ戻そうとする部族はまだ出て来ませんでした。ダビデ出自のユダ族は最初にダビデを見限り、ユダの首都ヘブロンで王位を宣言したアブサロム側についた咎めがありました。とはいえエフライムや北イスラエルの部族がダビデを擁立する最大勢力となるのも好ましく思いわないダビデは、ユダの長老たちに人を遣わして「骨肉であるあなた方が王を連れ戻しに来なさい」と伝え、ユダ族が国内で優位となるよう先手を取ります。部族間における微妙な利権問題に政治家ダビデはすでに先々を見据え手を打っていたのです。ヨルダン川を渡る際、ベニヤミン族シメイは都落ちしたダビデを散々ののしった罪の許しを乞います(16:5-13)。ヨアブの弟アビシャイは腹に据えかねていましたが、ダビデは「あの時の呪いは神がそうさせたから」と、シメイを罪に問いませんでした。またダビデは復権したら、アブシャロム側の軍団長(総司令官)であったアマサを将軍にし、ヨアブに代わる地位を与えようとしていたようです(19:13)。そうしたダビデの懐柔政策、協調路線はユダの人々に受け入れられたようです。自分の利害関係がからむ世界では、神の支配は見えなくなるものです。