「ダビデの遺言」

列王記2:1~35

ダビデの地上でのいのちに終わりが近づき、ソロモンにイスラエル王国を守るため二つの事柄を諭しました。一つ目は、神に従い神の御教えを忠実に守ることです。二つ目は骨肉の争いの禍根を断つことです。「報復は神がされること」という信仰観に立てば、ダビデ自身が軍団長ヨアブとベニヤミン人シメイに手を下すことはありませんでした。しかし個人の恨みを晴らすための復讐というより、王位交代期に反乱の芽になりそうな危険性のある人物に対して、知恵を用いて先手を打つようソロモンに託したのでした。この両者に比べ、サウル家でありながらバルジライはダビデに忠誠を尽くした為、厚遇するようダビデは遺言しました。裏切りに対する報復と同様、忠誠に対してもふさわしい報いをするよう諭したのでした。ダビデの死後、アドニヤは父ダビデの最後の夫人との結婚をバテシバに願い出ます。先の王位継承争いでソロモンに敵対したアドニヤは一度は許されましたが、処罰されないと誤学習してしまったのか、アブサロムと同様に先王の夫人を庇護するのは次代の王の務めであると宣言する行為である、と自覚ありきでやっているのか、いずれにせよ王に対する野心ありと判断され討ち取られます。かつてアドニヤに与した祭司アビヤタルもその職務を解かれ、アナトテで蟄居を命じられました。その知らせを聞いたヨアブは、自分もアドニヤに加担していたので「主の祭壇に逃げ込み、祭壇の角をつか」みます。神の権威にすがり、以前アドニヤは許されました。しかしソロモンはこれを神に与えられた機会とみなし、ヨアブを速やかに討ちました。残るはシメイですが、処罰する適当な口実がソロモンには十分ではありませんでした。前王サウルを輩出したベニヤミン人は、士師の時代から治めがたいプライドの高い戦士部族です。シメイに命じ制限付きの生活をさせていましたが、3年後に逃げた奴隷を追って活動の制限範囲を越境した為、禁を破ったとして殺されました。ダビデの遺言(2-4節)で、主への務めを守り誠実に主の前を歩もうと心を尽くしてその道を守れば栄える、とあるように、御前に正しい事は何か、主に喜ばれることは何か考え、問いながら歩もうではありませんか。