サムエル記下21章
ダビデの晩年、3年続いて飢饉がありました。カナンの地では雨は神の恵みを、飢饉は神の裁きを表していました。ダビデが主に伺いを立てると、「サウルとその一族に血の責任がある。彼がギブオン人を殺戮したからだ」と答えられました。ヨシュア記では、イスラエルの祖先はギブオン人と講和し、彼らがイスラエルのただ中に住むことになっても主に誓ったことを破らず、生かしていました(ヨシュア9:15)。しかしサウルはこのギブオン人を討ち、根絶やしにしようとしたのです。ダビデはギブオン人たちを呼び出し「何をもって償えば赦してもらえるか」たずねました。彼らは「金銭で解決することではない、復讐のためにイスラエル人を誰彼なく殺すことでもない。あの者の一族から7人を渡してください。主の前にさらし者にします」と要求します。ダビデはそれに同意し、サウルのそばめでアヤの娘リツパが産んだ2人の息子と、サウルの娘メラブがメホラ人アデリエルに産んだ5人の息子を、ギブオン人に渡しました。ダビデはサウルの息子ヨナタンとは親友で、彼の息子を生かす約束をしていたため、ヨナタンの息子メピボシテをギブオン人に引き渡すことを惜しんだのです。ギブオン人に引き渡された7人は、大麦の刈入が始まった4月頃に殺されました。リツパは荒布を岩の上に敷いて座り、昼は猛禽が、夜は野獣が死体に近寄らないよう守りました。雨が降る季節(10月)まで、彼女はずっと遺体を守ったのです。罪のために、なだめのいけにえとして息子を差し出した胸の内はどんなにつらかったでしょう。リツパの行為をダビデが知ると、ヤベシュ・ギルアデに葬られたサウルとヨナタンの遺骨をもらい受け、さらし者にされた7人の骨と一緒にベニヤミンの地にあるサウルの父キシの墓に葬りました。神はこの国の祈りに応えられました。その後、ダビデはペリシテ軍との戦いが続き、ゴリアテのような巨漢も何人かいましたが、部下たちに助けられて勝利することができました。前王朝のサウル家の犯した罪のあがないをしてギブオン人の禍根を取り除き、宿敵ペリシテ人を討ち、ダビデは晩年に王としての課題を解決したのです。